誕生から廃止まで、高千穂鉄道の歩み


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宮崎県に存在したローカル私鉄

宮崎県には、かつて高千穂鉄道という鉄道がありました。
現在はすでに廃線となってしまいましたが、延岡市の延岡駅から
高千穂駅まで、約50キロもの距離を結んでいたのです。

高千穂鉄道は全国にもファンが多く、復活を望む声も少なくありません。
いったいどんな経緯で廃線になってしまったのか、歴史を振り返ってみましょう。

高千穂鉄道の誕生

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高千穂鉄道が運営していた高千穂線は、かつて国鉄だったローカル路線です。
1935年に誕生し、延岡から高千穂まで、数多くの人を運んでいました。

その後国鉄民営化にあたって廃線の憂き目を見ることになり、宮崎県などが
出資して「高千穂鉄道株式会社」が作られたのです。

同社が受け皿となり、廃線を免れた高千穂線は、新たな道を歩み始めました。

甦れ高千穂線!高千穂あまてらす鉄道株式会社 公式ホームページ

観光路線によって復活を果たした

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高千穂鉄道は観光路線として復活を果たしました。
深角駅と天岩戸駅の間にある高千穂橋梁は、現在でも観光スポットとして
人気です。

この橋梁は地上からの高さが105メートルもあり、日本で一番高い
鉄道橋として有名でした。
高千穂鉄道はこれを利用し、観光路線として運行を続けていったのです。

高千穂鉄道高千穂線(Wikipedia)

しかし災害により休止へ

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再度出発を果たした高千穂鉄道ですが、2005年に宮崎県を
台風14号が襲います。
これによって甚大な被害が出てしまいましたが、これは高千穂鉄道も
例外ではありませんでした。

高千穂鉄道の五ヶ瀬川に架かっていた橋が流され、土砂崩れなどに
よって路線が破壊されてしまったのです。

元々輸送客も多くはないローカル線であり、当時の宮崎県も復旧には難色を
示しました。
台風14号によって、路線は休止へと追い込まれます。

高千穂鉄道高千穂線(宮崎県延岡市~高千穂町。2005年休止→2008年廃止)

そして廃線へ

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その後も関係機関で復旧についての協議が続けられてきましたが、
残念ながら高千穂鉄道は2008年に廃止されました。
復旧費用の高さから約30年の歴史に幕を閉じる結果となったのです。

観光客に人気の高千穂橋梁からの羨望も、もう見ることは
できなくなってしまいました。

<廃線>宮崎の三セク「高千穂鉄道」33年の歴史に幕

紆余曲折を乗り越えた高千穂鉄道

残念なことに廃止となってしまいましたが、まだ駅の跡は
しっかり残されています。
復活に向けての動きもあるようで、もしかしたら今後、
高千穂橋梁からの眺めを再度見られるようになるかもしれません。

路線の跡を探索しながら、延岡~高千穂間を観光してみるのも
悪くはありませんよ。

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