カラオケの持ち歌にImagine(by John Lenon)もあるDiceです。 そのジョン・レノンの命日でもあった12月8日、タリーズ宮崎橘通り店で、「スープストックトーキョー」「giraffe」「PASS THE BATON」「100本のスプーン」等を展開する株式会社スマイルズの代表取締役、遠山正道さんのトークショーが行われる(しかも無料!)というので、一番乗りで出かけてきました。 トークショーの主催は、スタートトゥデイ・グループの一員となった株式会社アラタナ。 おそらく社員のために企画したであろうゲストトークを、こうして一般にも公開していただくのは実にありがたいです。 そして、会場を提供いただいた「タリーズ 宮崎橘通り店」さんにも感謝。 トークショーは、まず、会長の濱渦伸次さんが、今回のゲスト遠山正道さんを紹介。 紹介の中で触れられた「世の中の体温を上げる」という言葉は、遠山さんのブログ 「世の中の体温をあげる...」から取られていたのですね。 遠山正道の原点 用意されていたマイクを途中から使わず、「その方が活性化する」と言ってお話の本題に入られた遠山さん。 お話は、今に至るご自身の原点から始まりました。 1985年に大学を卒業後、三菱商事に入社しました。入社後10年経った頃、32歳の頃でしたが、当時、湯川さんという凄腕の部長の下で働いていて、ふと、湯川さんがいなくなったらどうなるのか?という疑問が湧いてきました。同時に、このまま定年になったら、自分は満足しないだろうなという思いも。 その頃、プロデューサーの秋山道男さんと会食した時に、絵の個展をやりたいという話をしたら、 「いつやるの?」 と聞かれたので、30台前半をイメージして 「34歳までに」 と答えたら、秋山さんが、 「この世界は『三捨四入』だ」 と 「33までが30代で、それ以降は40代なんだ」 と言われたので、すぐに一年後の日にギャラリーを借りる予約を入れました。 その時はまだ一枚も絵を描いたことがなかったんですが、それから仕事をしながら、朝4時起きで描いたりして一年で70枚の作品を描きました。 そこから地続きで今に至っています。 そして、個展の開会日前日、友人のスタイリストに会場を見てもらったのですが、色の並びを変えた方がいいとか、ピンスポットの位置がずれているとか、(作品名を書いた)インレタのポイントを下げた方がいいとか、いろいろアドバイス貰って、そこから脚立を出してピンスポットの位置を友人が直すし、夜中2時までかかって70点のインレタやり直すとかやりました。 個展の当日は、商事のデスクから見に来てもらえるように勧誘の電話をしてました。 みんなが手伝ってくれたから夢が実現したと思って、友人にそう言ったら、その友人に、 「そんなちんけな夢にはつきあってられない。」 と言われたんです。 その時に、単なる趣味の夢の実現ではなくて、何でもいいからスポットを浴びたいという夢のスタートだと思いました。 それで、お礼の手紙に 「成功することを決めた。 何をやるかは未定です。」 と書いてみんなに送りました。 お話は、そこから「スープストックトーキョー」の誕生の頃へと移ります。 その当時、情報政策グループという部署にいたのですが、リテール(小売り)や食とかにいたいなと考えていました。 そこで、商事の関連会社のケンタッキーフライドチキン(KFC)の社長に根回しして出向させてもらいました。 KFCで、女性がスープを飲んでほっとしているシーンが思い浮かんで、物語の企画書を書きました。 パソコン通信と出会った時も、感動して社内で取り入れようと思って「電子メールのある一日」という物語を書いてプレゼンしたんですが、思い返せばこれが自分の最初のピッチですね。 スープも、過去形で物語を書きました。これが1997年です。 そして、社長、役員にアポを入れてプレゼンしました。 お話はこの後、遠山さんが立ち上げられたブランドのこと、書かれた本のことなど、コンセプトや哲学をスライドで投影しながら続いていきます。 例えば、 giraffeというのはネクタイのブランドです、 会社に入って6~8年目の頃、仕事帰りの赤提灯でサラリーマンが上司の悪口を言ってる姿を見て、なんか違うなと。サラリーマンも、もっと堂々とやろうよと思いました。 サラリーマンの象徴としてのネクタイを、社会や会社に締められるのではなくて、自分で締めるということで、 「giraffeは行動です。サラリーマン一揆です。」 というキーワードで提案しましたが、商事の中では認められず、結局、自分で立ち上げることにしました。 とか、 (リサイクルショップの)PASS THE BATONは、地球儀があって、物が集まる場所が赤く光る。その赤を全体に薄くピンクにならすイメージです。 とか、 スマイルズのスタッフが大切にすべき「スマイルズの五感」があって、それは、 「低投資・高感度」 「誠実」 「作品性」 「主体性」 「賞賛」 とか、 『やりたいことをやるビジネスモデル』について、 やりたいことが、登り甲斐のある山かどうかを見極めた方がいい。 「やりたいこと」という四行詩があって、それは、 「やりたいということに出会い 必然性を根っこにして 意義を加えて なかったという価値を創る」 というもの「やりたいこと」はトキメキ、ビジネスを目的とせず、自分がやりたいと思えること。 「必然性」は自分のこと、なぜそれをやりたいのか。ピンチのときに踏ん張れる「やらなければならない」理由。 「意義」は外のこと、自分一人では事業は出来ない。仲間から共感される意義はあった方がいい。 「なかったという価値」は、オリジナル。モノマネでは苦しいときに責任転嫁してしまう。自分発だからプライドを持てる。 といった言葉が私のメモに残っていきました。 諸塚村との出会い トークショーの最後、ちょっと質疑応答の時間がもらえたので、遠山さんに聞いてみました。 「スープストックトーキョーでは、諸塚村と一緒にスープコンテストを行うなどの取り組みをされていますが、そのきっかけは何だったのですか?」 スマイルズのクリエイティブの親玉に平井というのがいて(クリエイティブディレクターの平井俊旭さんのこと)、彼が三重県の木材屋さん(速水林業の速水亨さん)と出会って林業オタクになったんですよ。 彼を通して日本の林業の現状を知ることになり、スープストックの店舗の内装を全部国産材にすることにしたんです。 その中の一店舗で諸塚村の椎茸の原木になる木を使ったのがきっかけです。 スープストックトーキョーでは、2010年以降にオープンした店舗の内装には国産材を積極的に使用しています。 その中のひとつ、アトレ四谷店では、壁面に諸塚村のクヌギの無垢の皮つき材がルーバー状に使われているほか、テーブルや椅子にも諸塚村の木材が使われています。 参照元:スープストックトーキョー このクヌギ材は、元々、椎茸栽培のための原木(ほだ木)とするために植えられたものだったのですが、椎茸生産者の高齢化や減少などによって伐採されないまま放置され、ほだ木とするには大きくなりすぎたものだったのだそうです。 その椎茸原木になるはずだったクヌギやコナラなどを有効活用しようとする「諸塚村どんぐり材プロジェクト」に平井さんが参加したことが、スープストックトーキョーと諸塚村との出会いの始まりだったのですね。 遠山さんは、 今では、諸塚村の小学校の修学旅行生が必ず寄ってくれるんです。 とおっしゃってました。 修学旅行生が四谷のスープストックのステキな空間で朝食を摂りながら、自分たちの村で育った木材がどのように使われているのかを知る。 子ども達にとってはきっと、郷土への誇りを刻む、印象深い経験になっていることでしょう。 更に、もう一つ質問を重ねました。 「遠山さんの目には、宮崎はどういうふうに映っていますか?」 まず、『宮崎=フェニックス』というイメージがありますね。 今日は、綾町に連れて行っていただいて、オーガニックの農家を訪ねたのですが、良かったです。農家の明るさが印象的でした。 今後も関係性を持ちたいと思います。 素材の生産者とのパートナーシップを育て、信頼関係を築くことを大切にしているスープストックトーキョー。 アラタナ・ファミリーのベジオベジコスタッフの案内で綾町の野菜生産者を訪ねた遠山さんが、これから新しい出会いを作り出していきそうな予感がしました。 「社内ベンチャー」という言葉が無かった頃から、三菱商事という大きな組織の中で新しい事業を立ち上げ、その後も次々と新しい事業に挑戦し続けている遠山さん。 そのお話は、スタートアップやチャレンジへの示唆に満ちあふれたものでした。 50名を超える参加者もそれぞれ、お話の中から、自分の力となる言葉を見いだしたことでしょう。 この機会を作っていただいたアラタナの皆さんに改めて感謝。