11月のとある週末、神奈川を中心に関東で宮崎産焼酎の魅力を発信している「宮崎焼酎研究会」(稲葉勇介会長)のメンバーによる蔵元訪問ツアーが行われるというので、宮崎で待ち構えて、同行することにしました。
訪問先は、以前、ロックの美味しい作り方を教えていただいた渡邊幸一朗さん率いる(有)渡邊酒造場。
メンバーの待ち合わせ場所だった「フーデリー青葉店」から貸切バスで269号線を走ること30分余り、坂を下って田野の町に入ってすぐのところに、渡邊酒造場があります。
訪問した時は、ちょうど今年産の芋を使った芋焼酎の仕込みの真っ最中。
蔵元としては最も忙しい時期のはずですが、快く我々を迎えていただきました。
これも、「宮崎焼酎研究会」の稲葉会長が長年かけて築き上げた人脈と、宮崎産焼酎への貢献のおかげでしょう。
社長の渡邊幸一朗さんからは、いろいろと貴重なお話を伺いましたがが、以下、渡邊さんから伺ったお話の一端を聞き書きでまとめてみました。
「今年は、麹の仕込みに、焼酎用の酒造好適米「み系358」を試しています。
この米でどこまで焼酎の味が変わるかわかりませんが、粒が大きくて食用米の倍くらいあるので、風抜けが良く温度管理がやりやすいため、麹のできは非常に良く、期待できます。
この米で仕込んだ焼酎は、年明けに出荷する「無濾過萬年」で初お披露目となる予定です。
うちでは、ドラム式の製麹機(せいきくき)で麹造りをしています。
一年間に造る芋焼酎は300石、25度の一升瓶に換算して30,000本になりますが、1回の仕込みに使う米の量が400kgで、4回分をまとめて蒸すので1,600kgの米を一度に蒸します。
4日に1回米を蒸すので、年間で7回しか蒸しません。
製造工程の中では、蒸す作業が一番大事で、集中力が必要になります。
数を減らして集中してやる方が自分の性に合っているので、今の頻度が適していると考えています。」
「この芋が原料用のコガネセンガンです。
その年に収穫した芋のうち、来年の種芋として使う分については、温度14~15℃、湿度90%に保たれた貯蔵庫で保存しています。
温度が13℃以下ではデンプンが糖化し、15℃を超えると発芽するので、温度管理は重要です。
保存した種芋を2月の終わりに畑に伏せると、3月の後半に発芽するので、そこから苗を仕立てて4月の後半に植え付けをします。
昔から、芋の栽培と焼酎の製造という兼業農家でやってきました。
原料の栽培から焼酎の製造まで一貫してやっている蔵は少ないと思います。
自分が子どもの頃は焼酎があまり売れなかったので、農業の方が主体でしたけど。」
「2014年に創業100年を迎え、100年の歴史を受け継ぐに当たって、これから先に何をどう伝えていくのかいろいろと考えました。
酒の文化は相当昔からありますが、当初はインフラも物流も無かった時代です。
原料米は身の回りにあり、それを加工する、水もその土地のもの、酵母もそこのものでした。
まだ微生物については知られていませんでしたが、わからないままに菌が入ってできたものが地酒だったはずです。
機械的に冷やしたり温めたりはできない時代でした。」
「フランスに『テロワール(Terroir)』という言葉があります。
自然派を謳う蔵元のほとんどが気候・風土を上手く利用してワイン造りをしています。
『テロワール』とは、農業であり、土壌であり、気候、風土、天然酵母など全てを自然のまま利用しワインを醸造することの総称であり、『地酒』=『テロワール』ではないかと思うのです。
最近の酒造りでは、効率を上げるために、元々蔵にある菌を排除するようになってきています。さらに、酒造好適米の登場で、地元の米を使わなくなりました。
『酒質設計』という言葉があります。
出来上がりの味わいを考え、そこから逆算して、使用する原料、麹の造り方、発酵の温度、搾るタイミング(焼酎なら蒸留のタイミング)を決めていく製造方法のことを言います。
つまり自分の想像通りの味わいを造ろうと思うと、天然酵母や自然界に存在する微生物が入ると困難なので排除するわけです。
もちろん、しっかりと温度管理も必要で、0.1℃単位でコントロールする必要があります。
昔は農産加工業だったものが、最近では製造業になってきています。
クリーンルームで醸造するなら、製造する場所を移転しても味わいに変化はありません。(移転したら)水が替わるからと言われるかもしれませんが、水は汲んで運べばいいし、原料も現在の場所で栽培したものを運べば問題ありません。
そうして余計なものを排除する思想は、『テロワール』を捨てることになります。」
「原料についた土をきれいに落とすことが本当にいいのでしょうか?
これまでは、本当にきれいに芋を洗っていました。
しかし、ワイン造りでは、畑から収穫したぶどうを洗わずに、そのまま皮ごと仕込みます。ぶどうを洗うことで、せっかく付着したその畑に生息する天然酵母を捨ててしまうからです。
その酵母で発酵させてこそ、その蔵独自の、その土地でしか再現できない味わいになります。
それこそが『テロワール』の文化の本質なのです。
それを考えて、ざっくりした感じに戻しました。
温度管理も大事ですが、徹底することが果たしていいのでしょうか?
この、秋の穏やかな時期に合わせて仕込めば、無理なく仕込みができます。
昔と違って、知識と経験はあるので、失敗をすることはほぼありません。
その代わり、酒母は冷やしてきっちりやります。
ここでないと再現できないものが大事だと思うのです。立地条件はお金では買えません。
ここには、隣に漬物屋さんの工場がありますが、漬物屋の乳酸菌をあえて受け入れるように、隣に向いた窓を開けています。
自分が蔵に入ってから変えてきたことで、元に戻した方がいいものは戻しています。
いろいろと考えた末に、そういうことに到達したんです。昨年の造りから変わりました。」
「いろいろなことを経験したからこそ気づいたことがあります。
温度計を挿しっぱなしにせず、1日3回検温して、必要があれば混ぜたり、蓋を開閉したり、窓を開け外気を取り込んだり、機械制御の管理ではなく気候・風土を上手く使った方法で管理しています。
モニタリングする方が楽ですが、手はかけています。それが味に出ていると思います。
祖父がやっていたことの意味がようやくわかってきました。自分が入ってから喧嘩しながら変えたものもありますが、また元に戻しています。
そのため、均一な味わいを保つのは難しいです。
他の蔵とは、目指す方向は一緒かもしれませんが、アプローチの仕方は違うと思います。
酵母についても、純粋培養酵母を使うのは初回のみで、以降は『差し元』と言って、蔵付きの酵母を培養して使っています。
日本人は几帳面すぎ、管理しすぎだと思うのです。
作り手も毎年成長していますから、同じものができる訳がありません。
この蔵は、『企業』ではなくて『家業』です。
ここで、弟と二人で造るのが『萬年』です。
味は、時代に合わせて変えればいいのだと思います。
『風土で醸す』、『ここでしかできない』をモットーとして造っています。」
渡邊さんのお話を伺って、稲葉会長が、
「だから『萬年』は微かにタクアンの香りがするのか。」
とおっしゃっていたのが印象的でした。
100年の歴史を受け継ぎ、これからの100年に向けて、焼酎造りの原点を探り、変わらないために常に革新に挑戦し続けている渡邊幸一朗さんと渡邊酒造場。
『旭萬年』を初めとする同社の焼酎が、これからどういう味わいを提供してくれるのか、ますます楽しみになりました。